~熱風の果て~

観劇の記録

赤の女王(ILLUMINUS)@WEST END STUDIO

【脚本・演出】吉田武寛

【出演】出口亜梨沙、岡田彩花、栗生みな、千歳ゆう、西村美咲、丸瀬こはる、辻村りか、針谷早織、松山莉奈、濱野彩加、畑崎円、岩倉帆花
f:id:JoanUBARA:20190114201903j:plain
2011年に上演された「VAMPIRE HUNTER」という作品があった。人間と吸血鬼との戦いを描いた暗鬱な悲劇で、好きな作品だったのだが、それに似た色彩を持つ作品には、以来8年の間、出会うことはなかった。そこに入ってきた「赤の女王」の情報。ビジュアルに時代背景にあらすじ。どこからどう見ても、己の好みに合わないはずがない作品。加えて、昨年12月の舞台「スナップ・アウェイ」で、役者としての進境が著しかった岡田彩花さんの演技を見るのも楽しみで、すぐにチケットを購入した。劇団STUDIO LIFEのホームであるWEST END STUDIOは割と近所で、よくお姉さま方が並んでいる光景は見ていたが、入場は初めて。100人規模の地下劇場で、通路などは狭いが、天井は高く、客席の段差が大きく取られていて見やすい劇場だった。
時代は1610年。実在の世界に照らし合わせれば三十年戦争前夜で、この作品でも、ルター派の存在が重要な位置を占めていた。三十年戦争は、キリスト教内の宗派対立を発端とする無慈悲極まる戦いだが、その時代の暗さに惹かれる部分もあって、グリンメルスハウゼンによる小説「阿呆物語」や、シラーによる戯曲「ヴァレンシュタイン」などは好んで読んでいた。
そんなわけで、見る前から大いに楽しみにしていた作品だったが、実際に見てみれば期待以上。1回だけの観劇予定だったが、ストーリーそのものの面白さや緊迫感に加え、予想のつかない登場人物の真の姿や思惑がラストシーンにかけて次々と明らかにされたこともあって、幸いキャンセル分が再販されていた千秋楽に、もう一度足を運ぶことになった。
岡田彩花さんが演じたリリィは、表向きはか弱いヒロインでありながら、最後まで心を開かず、心に企みと打算、世間と人間への恨みを持ち続けるという悪魔的なキャラクター。岡田彩花さんの持つ、翳のある美貌は、特にリリィの本性が明らかになるラストシーンで強く生きた。年明けから、本作への重圧で悪夢にうなされる夜を過ごしたという彼女だが、また一つ、新たな扉を開いた。歌唱シーンは苦戦している印象だったが、観劇した北澤早紀さん曰く『彩花が歌ってることに感動した』ということらしい。北澤早紀さんとは、これからも末永く良い友人・ライバルでいてほしい。
ダブル主演の出口亜梨沙さんは、グラビアアイドルが本職らしいが、「自由だー!」と叫ぶシーンに代表されるように、とにかくよく声が通る。エルは、不幸の軛を背負っておどおどとした弱々しさと、リリィを守るために心を奮い立たせる強さの両方を持っている。出口さんのクリっとした眼を中心とした表情は、そんなエルの内面の複雑さを存分に表現していた。
「赤の女王」ことエリザベートを演じたのは栗生みなさん。出演舞台を観るのは7作品目になるが、最後まで栗生さんが演じていると気が付くことができなかった。これほどの凄味のある演技をする人だということは、これまで不覚にも十分に分かっていなかった。エリザベートの持つ上品で美しく優しい表の顔と、残虐な裏の顔。その両面を完璧に演じるだけでなく、歌唱と踊りでも狭い舞台を圧倒的な実力で支配していた。己が特に好きなのは、上品にダンスを踊りながらヒルダを惨殺するという衝撃的なシーンだ。エリザベートが若い女性を城に集める動機は、単に殺すためではなく、人間の美しさ、善良さを信じたいという淡い期待もあるのではないだろうか。残酷な殺戮は、期待が裏切られたことへの絶望の表れでもあるだろう。
ILLUMINUS作品では常連の千歳ゆうさんは、これまでは素直な役しか見たことがなかったが、今作のアメリアは、優しそうで裏があって、でもやっぱり無限の愛情と純粋さを持つという、こちらもまた複雑な役どころ。彼女にとっても新機軸を刻む作品となった。
日程の都合上、見たのは2回ともダブルキャストのCOFFIN(棺桶)チームだったが、どのキャラクターにも重い使命だったり罪業だったり背負っているものがあり、それぞれの思惑や行動が静かに激しく交差する。フランツィスカやヒルダやアデルといった人物たちの真の目的や思惑を秘めた微妙な表情などは、2回見てこそ楽しめる部分だ。そのほかにも、小生意気で意地悪だったジェシカが次第に変わっていくところや、天真爛漫なムードメーカーであるニーナが背負う十字架の重さなど、周辺のキャラクターにも目配せされることで、物語に深みを与えられていた。オープニングでリリィが生贄に捧げられるシーンは、分かった上であれば大胆な種明かしなのだが、1回目ではストーリーに直接関係するような場面とは露ほども思わずに漫然と見てしまった。
千秋楽のカーテンコールで千歳ゆうさんから明かされたように、「赤の女王」続編の制作が早くも決定ということで、今から楽しみ。「エル=リリィ」と「エリザベート=アメリア」の対決になるのか、はたまた手を取り合って悪魔に対峙するのか・・・。いずれにしても彼女たちに「救い」がもたらされる方向でストーリーが進んでいくはずと予想するが、多くの罪を犯してきた以上、そのためには何らかの犠牲が払われなければならない。「死」という犠牲を払うことができない彼女たちは、何をもって「救済」に到達することができるのか。「救済」と「終焉」は不可分なものなのか・・・。できることならば、今作のキャスティングを引き継ぐ形での続編が観たい。
【⇒これまでの観劇作品一覧