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~熱風の果て~

観劇の記録

Singularity Crash~〈わたし〉に続く果てしない物語~(Favorite Banana Indians)@ワーサルシアター

演劇 演劇-2016年
【作・演出】息吹肇

【出演】松原夏海、椎名恭子、水沢レイン、綾部りさ、山田貴之、川島千明、長紀榮、長谷川彩子、ありすちゃん、前田優、加藤美帆、坂元瑛美、小原慎之介、相神一美、近藤眞弘、森崎真帆、埴生雅人、田島隆行、小谷陽子、大越陽

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会場のワーサルシアターには、岩佐さん主演の「らめらめ」以来、6年半ぶりの訪問。つい最近のように思い出されるが、当時の出演者の近況が気になって少し調べてみれば、やはり長い時間が経過していることが知れる。いじめっ子3人衆のうち、ミニスカポリスだったえーちゃん役の吉川さんは栗東でジョッキーの妻となり母。おーちゃん役のわかにゃんこと名取さんはこの舞台をきっかけにAKBに加入、卒業した現在は一般人として競馬のネット番組に出演したりIWAに出勤したり。かーちゃん役の倉咲さんは乃木坂のオーディションに参加後、ミニスカポリスに就任して活動中。因果は巡るではないが、興味深い。また、あーちゃん役だった八木橋さんは、田中さん役のダブルキャストで本日までノッキンヘブンに出演中だ。
主演の「お芝居大好き26歳」、なっつみぃこと松原夏海さんを見るのは、演劇では「幸福レコード」以来5年ぶり、それ以外でも「ギンガムチェック」の握手会以来4年ぶりで、AKB卒業後は初めて。卒業後は、尾木プロを離れて舞台に強い現所属事務所に移り、精力的に舞台出演を重ねている。彼女に初めて会ってから10年余り。今作では制服姿の場面が多く、K1で「青空のそばにいて」を歌っていた15歳の頃とシンクロするような感覚になったが、劇場公演で培った歌とダンスもしっかりと生かしつつ、やはり演者としては大きく成長。余り大きな声で話すのを聞いたことはなかったが、お腹からの太い声で安定したセリフ回しを披露していた。また、これをきっかけとして、彼女の芸能活動をもっと気にかけていこうと思った。
息吹肇さん主宰のFavorite Banana Indiansとしては、4年半ぶりの本公演という今作。息吹さん自身も病で苦しんだり、愛する人との別れを経験したりと、相当な苦労を経て、執念の末にたどり着いた上演ということが分かる。余命いくばくもない命と知りつつ地球の未来のために身の危険を顧みずに身骨を砕く「真田謙信」は、彼自身の分身のようなものでもあるだろう。
ストーリーは、理系の頭が全くない自分としてはやや苦手なSFもの。背景や用語を理解しようとするのに労力が費やされて、登場人物への感情移入が弱くなってしまった挙句、ストーリーにも謎が残って、モヤモヤした感じで劇場を後にするのが常だ。今作にもややそういったところがあったのと、理解できない箇所がいくつか残り、モヤモヤ感を抱いたまま駅に向かうことになった。
まず、椎名恭子さん演じる月渚(ルナ)の行動。未来が見えることに苦しむ彼女が、記録に残すことを拒絶しながら、いつかやって来る歓迎せざる未来を演劇として描こうとした理由が分からなかった。将来、世界を救う鍵となる記憶を残す必要があったため・・・という推理も成り立たないわけではないが、しっくりは来ない。
また、猛の父親が行っているアンドロイド研究への「献脳」。高校2年での失恋をきっかけとして自暴自棄的に決断したというのなら余りにも早計だし、彼女の「献脳」があってもなくても、いずれアンドロイドが支配する将来は変わらないことを知っていたと仮定しても、理解し難い行動なのだ。
そして、松原さん演じるヨーコを取り巻く仲間のセミアンドロイドたちが、月渚の記憶がヨーコに移植されていることを案外簡単に受け入れた(ように見えた)こと。受け入れたにしても、月渚がヨーコの身体もろとも自決するという行動に対しては、もっと葛藤がなければならない。身近に過ごしてきたヨーコの肉体と、過去の存在である月渚の記憶。事に直面すれば、正しい選択が頭で分かっていたとしても、感情は整理できるものではないはずだし、前者を優先すべきと考えるのがむしろ自然な選択ではないのだろうか。仲間の4人ともがそこまで懊悩する場面がなく、ましてやメイなどは事後に至ってから、ハイパーインテリジェンスの消滅は世界を良い方向に導くために正しい選択だったのか自問するほどなのだ。ヨーコの身体をすぐに元に戻せると分かっていた場合を想定しても、もっと悩まなければならないはずだし、ましてや、ヨーコの復活の可能性は、飛び散った記憶の欠片がいつか集まって・・・という輪廻転生のレベルなのだから、行動としては理解し難かった。
それは、月渚にしても同様で、ヨーコの身体を巻き添えにすることにどれほどの抵抗感を感じていたのか、劇中の描写からは十分に分からなかったし、そこを二人の意識が重なった上の必然の行為とするのであれば、より丁寧な魂の交感の描写が必要だったのではないだろうか。
終幕時、アンドロイドのサイバー特別警察の3人の方により感情移入できたのは、葛藤がきちんと描かれたからに他ならない。それがアンドロイドの方だったというのは、狙っていない皮肉・・・と言ってしまっては意地が悪いだろうか。