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~熱風の果て~

観劇の記録

真説・まなつの銀河に雪のふるほし(アリスインプロジェクト)@六行会ホール

演劇 演劇-2017年
【脚本】麻草郁、【演出】松本陽一

【出演】山本亜依さいとう雅子、神原れおな、彩川ひなの、岩田陽葵、堀越せな、鶴田葵、山本真夢、三浦菜々子、思春ももせ、樫村みなみ、結城ひめり、岡田花梨、嶋村杏樹、相楽朱音、山中愛莉彩、西田果倫、横尾莉緒、音華花、豊川久仁、遠藤瑠香
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2012年の初演から5年の時を経て、再び六行会ホールの舞台で上演となった「真説」。さいとう雅子さんが前作でも演じた水無光役で出演することが昨年末に決定したのを受けて、4年ぶりに六行会ホールに足を運ぶことになった。
オリジナル版では多く残った設定上の謎。むしろそれを持ち味とする麻草流は承知の上だし、今作は、ある程度分かりやすく整理されたとはいえ、ストーリーの根本、何故に奏は宇宙に送り出されなければならないのかというところは腑にストンと落ちず、ロケットの打ち上げの成功を舞台上のキャラクターと一緒に願う気持ちにまでなるためには、何かがまだ足りない気がする。奏と姉との絆、約束という個人的な事情までは理解できるが、人類愛・地球愛というか、10万年もの時を経てミッションを実行する奏や学園側の理由が弱い。実際に奏を送り出すことに反対の意見もあるくらいだから、ミッションが絶対というわけでもなさそうだし。そして、人類が銀河の中心で生き残っており、奏からのメッセージを受け取ったとして、彼らがどう感じ、行動するのか。その後を想像すると、ハイブリッドが狩られるかというレベルに納まらず、明るい未来だけではない気がしてしまう。
フライヤーに書かれた設定のうち多くは劇中では明確に語られなかったが、「水没の危機」、「地球外からの交信」といったあたりが使われていれば、ミッションの必然性は増していたかもしれず、「デブリ」、「重力の井戸の底」といったあたりが使われていれば、打ち上げの成功をより強く願えたかもしれない。しかし、地球からの脱出をミッションにしてしまうと、地球を甦らせるという方向に簡単に持っていけないのが悩ましいところか。
また、前作では何故存在しているのか分からなかった、何もしないことが身上のネコのハイブリッド。今作では、新たにオオカミ、ウサギ、鳥、犬のハイブリッドが登場。地球を浄化するという、クローンにはない能力があるという設定によって存在意義は明確になった。ただ、オオカミのハイブリッドがニホンオオカミの絶滅を根に持って奏を殺そうとする、という展開はやり過ぎではないだろうか。そんな感情が同居していたのならば、そもそも自らの存在に耐えることが不可能なはず。オオカミがウサギを食べるのは自然の摂理で、言葉が通じる通じないの問題ではなく、人間的な倫理観を当てはめるべきでもなく、善でも悪でもないということははっきりとハイブリッドに教えてあげてほしかった。
5年前に2回見たストーリーでも、意外と設定までは覚えていない。奏のミッションが地球への帰還まで含まれていたか、奏が冷凍保存に耐えられずに分解され再生されていたか、遥のみならず光まで老化していったか、光がボクキャラだったかといった辺りは、前作にもあったかどうか記憶が定かではないところだが、いずれも設定としてはよかった。アンナが憎まれ口をたたくだけでなく、寂しがり屋で可愛らしい面が強調されていたのもよかったと思う。アンナが学園側と対立しなければならない理由というのはないはずだし。
追加された登場人物が、ハイブリッドの4人とクローンの2人。興行上の理由もあるのかもしれないが、前作ですら完全にキャラクターを掘り下げるには多すぎるくらいだったところなので、さすがに増やしすぎ。前作のキャラクターですら個性が弱まってしまった気がする。音楽が好きとか花が好きとかの個性の描き分けだけで精いっぱいで、全員の出番を確保しながらストーリーに生かすというところまで求めるのは2時間の中では厳しすぎる注文だ。
六行会というそこそこ広いホールで、声を客席に通すだけでもかなり大変なことだと思う。声を張る余りにセリフの中身が聞き取りづらい場面もあって、もう少し力を抜いていいんじゃないかと、奏が光に対して言ったようなことも感じたが、見ているうちに、アリスインのガールズ演劇としてはこれでいいんだと思えてきた。セットの段差が大きく、飛び降りたりよじ登ったり、若い女の子たちがとにかく全力でこの舞台に取り組んでいる姿は見ていて清々しい。千秋楽でもないのに、カーテンコールで感極まっている出演者が多く、それぞれが本番にたどり着くまでに乗り越えてきたものがあってこその感情なのだろうと思った。
急きょの出演で準備期間も短かかったさいとう雅子さん。終盤の演技が出色で、病み衰えてもなお奏を思う場面には、神々しさすら感じた。エンディングを迎えても興奮冷めやらぬ態で光の魂が宿ったままといった表情。それが緩んできても、見せるのは笑顔ではなく涙で、この舞台にいかに気持ちを入れて臨んでいるか、その一端を見た。今のところ、次の出演舞台も見に行く予定。