~熱風の果て~

観劇の記録

Fairy Melody~私はピアノ~(Favorite Banana Indians)@d-倉庫

【作・演出】息吹肇

【出演】松原夏海、中澤隆範、春摘らむ、川嶋健太、成瀬麻紗美、山田貴之、大越陽、西村守正、塩田貞治、加藤美帆、堺谷展之、瀬戸沙織、佐藤詩音、さわはるか、長紀榮、月桃さちこ、memu

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昨年12月の「Singularity Crash」から続けて、松原夏海さんがFBIの本公演に主演。日暮里駅に用事があって降りること自体が初めてで、住宅街の中の細い一本路地を進み、駅から10分弱で会場のd-倉庫に到着。車庫の奥にある2階建ての倉庫を改修した小劇場ということで、外見に似合わず、中に入るとなかなかにおしゃれな併設カフェスペースになっている。そこから階段で1階に下り、劇場に入場。ほどよい傾斜が取られた、見やすい劇場だ。
本作のPR映像にあった朝鮮語の会話のシーンや、パンフレットに書かれた息吹さんの挨拶に多少の警戒感を抱き、本編に政治色が入り込んでこないことを祈りつつ幕開けを待つ。先の大戦にせよ、この国にせよ、皇室にせよ、靖国にせよ、中韓にせよ、右側からでも左側からでも政治の道具のように使われるのはとても不幸なこと。数年後にこの種の芝居が上演禁止になる可能性すらあるという息吹さんの言説には賛成しかねるが、戦争や平和を語ること自体窮屈な世の中になってきているとは確かに感じる。50年ほど前に既に西岡たかしが歌っていたように「私たちは今、戦争を忘れてはならない」のは、今も昔も変わらない。
心配された政治色の強調はなく、靖国のくだりを除けば素直に観ることができた。靖国の鳥居をくぐるには、油をかけたり火をつけるのは論外だが、どんなものであれ、そこで祀られているものに対する価値観というものを持つべきだと思う。みたままつりに集う若い人々のうち、どれだけの人がそれだけの覚悟を持っているのであろうかという疑問は日ごろ抱く。そして己はいまだに靖国の鳥居をくぐる覚悟はできていない。
大越さん演じるフリージャーナリストの父親は、登場シーンでは自衛隊員として南スーダンに赴く設定なのかと思ったが、もし自衛隊員の設定だったとしたら、この劇は成立しただろうか。
戦争を描く作品でいちばん堪えるのが、「この世界の片隅に」でもそうだったように、何気ない日常のシーン。今作では、戦時中の4人の若者たちが楽しく笑い合うシーンが当てはまる。幸福とは享受しているときには気づくことができず、失われて初めてそれが幸福というものだったのかと分かるのが人の常。善良な人々も悪行重ねた人々も、等しく残酷な無実の裁きを受け、幸福を奪われるのが戦争の惨禍だ。たまたま今、辻政信が戦後に著した「潜行三千里」を読み進めているところなので、ビルマ戦線に散ったという幸作兄の設定が余計に重たく感じた。
松原さんは、もうすぐ27歳の誕生日を迎えるのだから、事実婚をしている役でも全く不思議はないのか。演技は今作も安定していて、安心して見ていられる。千秋楽は噛みがちになってしまったと言ってはいたが、モノローグの上手さは折り紙つき。終盤の彼岸へ渡る祖母に投げかけた「おばあちゃん!」という台詞に乗せた情感は素晴らしかった(70年の時代を一気に駆け抜けたおばあちゃん役の春摘らむさんの演じぶりもよかった!)。稽古場でも歯に衣着せぬ意見を戦わせているという松原さん。女優としては着実にレベルを上げていっているので、あとは終演後の挨拶で照れ笑いとかせずにきちんと締められるようになればもっと良い。今月下旬からは、髪を黒くして臨んだNHKの連続ドラマの放映が始まるので、そちらも楽しみにしたい。
ゴブさん演劇の常連である成瀬さんは、この前見た「初体験奮闘記」でのカナイ様から、とてつもない路線転換。どんな風に妹キャラを演じるのか想像もつかなかったが、さすがは女優。無邪気で生意気で素朴な妹役が実によく似合っていた。その純情さを表現した演技が、悲しみと感動を倍加させていた。
時代をつなぐキーアイテムとなっていたピアノ。シンガーソングライターのmemuさんの歌声が響く。演劇で生演奏を聴ける機会は多くないが、やはり音源を流すのとは心への伝わり方、劇場に流れる空気の色が全く違う。優しい歌声がこの劇にマッチしていて効果的だった。
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