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~熱風の果て~

観劇の記録

46億年ゼミ(爆走おとな小学生)@キンケロ・シアター

演劇 演劇-2017年
【脚本】畑雅文、【脚本】加藤光大

【出演】橘花凛愛川こずえ、宮下奏、石原美沙紀、寺田安裕香、嶋田あさひ、夏目愛海、樹智子、松田実里、伊藤みのり、朝比奈南、葛城あさみ、佐倉百音、相澤香純、永田祥子、冬陽田奏心、山城玲奈、荒井杏子、野々宮ミカ、遥奈瞳、加藤智子
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千本桜ホールからキンケロ・シアターまでは電車なら2駅。ゆっくりと時間をつぶしながら徒歩で移動。「キンケロ」とはキンキン・ケロンパ夫婦のことであり、愛川さんが生前に建てた劇場とのことである。劇場ロビーには愛川さんの写真が掲げられていた。初めて座った客席は、広々としてフカフカ、傾斜も取られており、とても見やすい構造だった。
タイトルの「ゼミ」は「ゼミナール」なのか「蝉」なのかが気になっていたが、正解は「蝉」。それならば、その壮大なタイムスケールをどのように生かすのかというのが次の興味。実際の時間移動は2095年から2017年、それから16世紀と、5世紀ほどの間に限られたが、そこを埋めるように登場するのが「神」の存在。この舞台を見て改めて感じたのは、日本人の手による創作作品における「神」の扱い方の難しさ。この作品では「マリア」という名前やベツレヘムといったワードによって特定の神が連想されてしまうような部分もあったが、それは日本人には馴染まない。神が46億年の間、17年ゼミのように孤独に耐え、心を通じ合える人間が生まれることを願っていたという気持ちは、神性を持つ登場人物としての「カミ」であれば分かるのだが、それが「神」とズバリ定義されてしまうと違和感を感じてしまう。
ラストシーンで、登場人物の人間たちが神に対して責任を取れと迫るような感じで、いやいや、そこは人間が自らの未来に責任を背負うことにして、マリアが重く背負ってきた神性を失わせ、楽にしてあげるくらいの展開にすべきではないかと思った。最後は「がんばれ、人間!」と人間に責任を負わせるような形になってよかったが、生きている一人ひとりが等しく歴史に責任を負っているのだ、というところをもっと強調しても良かったのではないかと、そこは多少価値観のズレを感じるエンディングだった。
昨年10月に「ドールズハウス」を見て以来、観劇の楽しさを再発見し、また頻繁に劇場に足を運ぶようになった。この作品には、「ドールズハウス」組から、嶋田あさひさんと伊藤みのりさんの二人が出演している。事前に見ていたビジュアルからは、嶋田さんは戦国の侍で切腹でもしてしまう役かと思っていたのだが、彼女が演じた智代は、推定年齢10歳くらいの末っ子お姫様。舞台上を飛び回り、木刀を振り回し、甲高いお子様声を振りまき。まさに他の人では容易に演じられない、彼女のためのはまり役と言える。ビアンカ役のときは片鱗しか見せていなかったこの声色は大きな武器だ。伊藤さんは色香を振りまく女教師役。確かにウィッチは衣装は網タイツでセクシーなところはあったが、こんなアダルトな役もできてしまうのかと驚き。まだ2回目の舞台ということも意識させない、堂々とした演じっぷりだった。
おとな小学生の前作「初等教育ロイヤル」も見に行こうか悩んで、チケット代があと500円でも安ければ見に行っていたと思う。どの程度の質の作品か分からない中で、手数料合わせて6千円は心理的にハードルが高い。今作は、その「初等教育」組も多く出演していて、中でも注目していたのが、あいみんと呼ばれる少女こと夏目愛海さん19歳。見た目の可愛らしさもさることながら、Twitterから垣間見えるいい子オーラの強さがとにかく稀有。共演者やファンから愛されるのも道理だ。彼女が演じたのは極端にパロディ化された「腐女子」で、ラストはまさかの「腐老婆」。かなり異端な役だったので、彼女の素材が生かされていたかどうかは分からないが、よく通る発声は舞台向き。3月の次回出演作でまた演技を見たいと思う。
腐女子といえば、遥奈瞳さん。多分に人間らしい神様である黒マリアの心の闇を貫禄を持って演じていた。白マリア役の加藤さんからは、白い衣装も似合うと言われていたが、白狐さまを思い出せばまさにそのとおり。
3つの時代を移っていく和希の意識。時代ごとに演者が異なる中で、一人の意識を演じるということは一人二役よりもある意味難しいことだろうと思うが、この作品で演じたトリプル主役の3人は、それぞれの時代の個性を持ちつつ、意識や性格を合わせるという作業を見事にこなしていた。和希役で座長を務めた橘花さんが、名残り惜しそうに、カーテンコールを締めれば終わってしまうと、涙を流しながら次々と発言を振っていく様子がいじらしい。ストーリーを全て受けいれられたわけではないにせよ、ステージ上の演者の熱量の高さを感じたのは紛れもない事実。彼女たちの頑張りに自然と拍手が大きくなった。
最後にパンフレットのつくりには苦言を呈しておきたい。プロフィールと簡単なアンケートという基本パッケージすらなく、単に役者の写真が並ぶだけで、有料パンフレットでありながら、これほど手を抜いた代物にお目にかかるのは初めてだ。売り物とするのであれば、最低限の作りこみはもちろんのこと、買った人に対して何かを伝えようという姿勢は見せてほしいものだ。

君が予む物語(劇団SPACE☆TRIP)@千本桜ホール

演劇 演劇-2017年
【脚本・演出】ゴブリン串田

【出演】椎名香奈江、高橋茉琴、斎藤未来、坂本実紅、橘あるひ、山下真実、木畑梨佳子、水野以津美、小阪貴恵、三上真依、関口ふで、馬渡直子、江里奈
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「愛。ちょい」の旗揚げ公演の方向性に戸惑い、しばし離れてしまっていたゴブリンさんの演劇。周辺の情報にも疎くなってしまっていたが、気が付けば「愛原慎一」は再び「ゴブリン串田」となって帰ってきていた。
舞台は学芸大学駅前の千本桜ホール。パンフレットのキャラクター紹介を見ただけで、これからの楽しい時間が約束されたことを確信できた。
道具類が一切なく、カーペットが敷かれただけのステージとも言えない平面が真ん中に置かれ、客席が前後両面に配されて正面が明確にない形。演者が頼れるのは自分の声と身体だけ、というある意味過酷なシチュエーションでもあるが、セリフだけでなく全身を使って笑いを取りにくる。最初の主演の椎名さんの長く激しいモノローグからして、舞台に引き込む迫力は十分だった。キャラクターが十分濃いところに特殊能力のおまけ付きという設定も助けになり、海千山千のベテランも若手も、経験の差も感じさせずにおしなべて高いレベルで演じ、質の高いコメディ作品を作り上げていた。最前列の観客が巻き込まれるのもおなじみの光景だ。
馬渡さん、関口さん、江里奈さんの3人が揃うサイキック社側は特に濃い。馬渡さんはお茶目な部分を見せつつも凄味のある悪役で、彼女なら本当に世界征服できてしまうのではないかという迫力があった。この人たちを小劇場でレギュラーのように呼んでこれるというだけでも、ゴブリン演劇は強い。
間が抜けた超能力が生み出す笑いの中にも、「9人の戦士」の設定があることによって、誰が味方で誰が敵なのか分からないというところで、緊張感が最後まで途切れなかった。そしてエンディングは主人公の思うがままに変化するというマルチエンディング方式。大千秋楽が真エンドと言われてしまうと、どうしても見たいような、何だか損をしたような気にもなってしまうが、千秋楽前だけでも十分満足できるエンディングだった。
初見の演者では、キリッとした個性的な目元を持つ引きこもり役の坂本さんや、可愛らしい機械的な声でサイボーグ役を演じていた三上さんが可愛らしかった。あと、橘さん演じる小学生の可愛さと退化したときの狂暴さの落差も反則的だ。
愛原氏と「愛。ちょい」の1年間が必要だった事情は知る由もないが、やはりゴブリンさんには、こういった路線で作品を送り出していってほしいと思いつつ、満足のうちに次の観劇会場へと向かった。

真説・まなつの銀河に雪のふるほし(アリスインプロジェクト)@六行会ホール

演劇 演劇-2017年
【脚本】麻草郁、【演出】松本陽一

【出演】山本亜依さいとう雅子、神原れおな、彩川ひなの、岩田陽葵、堀越せな、鶴田葵、山本真夢、三浦菜々子、思春ももせ、樫村みなみ、結城ひめり、岡田花梨、嶋村杏樹、相楽朱音、山中愛莉彩、西田果倫、横尾莉緒、音華花、豊川久仁、遠藤瑠香
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2012年の初演から5年の時を経て、再び六行会ホールの舞台で上演となった「真説」。さいとう雅子さんが前作でも演じた水無光役で出演することが昨年末に決定したのを受けて、4年ぶりに六行会ホールに足を運ぶことになった。
オリジナル版では多く残った設定上の謎。むしろそれを持ち味とする麻草流は承知の上だし、今作は、ある程度分かりやすく整理されたとはいえ、ストーリーの根本、何故に奏は宇宙に送り出されなければならないのかというところは腑にストンと落ちず、ロケットの打ち上げの成功を舞台上のキャラクターと一緒に願う気持ちにまでなるためには、何かがまだ足りない気がする。奏と姉との絆、約束という個人的な事情までは理解できるが、人類愛・地球愛というか、10万年もの時を経てミッションを実行する奏や学園側の理由が弱い。実際に奏を送り出すことに反対の意見もあるくらいだから、ミッションが絶対というわけでもなさそうだし。そして、人類が銀河の中心で生き残っており、奏からのメッセージを受け取ったとして、彼らがどう感じ、行動するのか。その後を想像すると、ハイブリッドが狩られるかというレベルに納まらず、明るい未来だけではない気がしてしまう。
フライヤーに書かれた設定のうち多くは劇中では明確に語られなかったが、「水没の危機」、「地球外からの交信」といったあたりが使われていれば、ミッションの必然性は増していたかもしれず、「デブリ」、「重力の井戸の底」といったあたりが使われていれば、打ち上げの成功をより強く願えたかもしれない。しかし、地球からの脱出をミッションにしてしまうと、地球を甦らせるという方向に簡単に持っていけないのが悩ましいところか。
また、前作では何故存在しているのか分からなかった、何もしないことが身上のネコのハイブリッド。今作では、新たにオオカミ、ウサギ、鳥、犬のハイブリッドが登場。地球を浄化するという、クローンにはない能力があるという設定によって存在意義は明確になった。ただ、オオカミのハイブリッドがニホンオオカミの絶滅を根に持って奏を殺そうとする、という展開はやり過ぎではないだろうか。そんな感情が同居していたのならば、そもそも自らの存在に耐えることが不可能なはず。オオカミがウサギを食べるのは自然の摂理で、言葉が通じる通じないの問題ではなく、人間的な倫理観を当てはめるべきでもなく、善でも悪でもないということははっきりとハイブリッドに教えてあげてほしかった。
5年前に2回見たストーリーでも、意外と設定までは覚えていない。奏のミッションが地球への帰還まで含まれていたか、奏が冷凍保存に耐えられずに分解され再生されていたか、遥のみならず光まで老化していったか、光がボクキャラだったかといった辺りは、前作にもあったかどうか記憶が定かではないところだが、いずれも設定としてはよかった。アンナが憎まれ口をたたくだけでなく、寂しがり屋で可愛らしい面が強調されていたのもよかったと思う。アンナが学園側と対立しなければならない理由というのはないはずだし。
追加された登場人物が、ハイブリッドの4人とクローンの2人。興行上の理由もあるのかもしれないが、前作ですら完全にキャラクターを掘り下げるには多すぎるくらいだったところなので、さすがに増やしすぎ。前作のキャラクターですら個性が弱まってしまった気がする。音楽が好きとか花が好きとかの個性の描き分けだけで精いっぱいで、全員の出番を確保しながらストーリーに生かすというところまで求めるのは2時間の中では厳しすぎる注文だ。
六行会というそこそこ広いホールで、声を客席に通すだけでもかなり大変なことだと思う。声を張る余りにセリフの中身が聞き取りづらい場面もあって、もう少し力を抜いていいんじゃないかと、奏が光に対して言ったようなことも感じたが、見ているうちに、アリスインのガールズ演劇としてはこれでいいんだと思えてきた。セットの段差が大きく、飛び降りたりよじ登ったり、若い女の子たちがとにかく全力でこの舞台に取り組んでいる姿は見ていて清々しい。千秋楽でもないのに、カーテンコールで感極まっている出演者が多く、それぞれが本番にたどり着くまでに乗り越えてきたものがあってこその感情なのだろうと思った。
急きょの出演で準備期間も短かかったさいとう雅子さん。終盤の演技が出色で、病み衰えてもなお奏を思う場面には、神々しさすら感じた。エンディングを迎えても興奮冷めやらぬ態で光の魂が宿ったままといった表情。それが緩んできても、見せるのは笑顔ではなく涙で、この舞台にいかに気持ちを入れて臨んでいるか、その一端を見た。今のところ、次の出演舞台も見に行く予定。

The IMMORTAL OPERATION(K.B.S.Project)@高田馬場ラビネスト

演劇 演劇-2016年
【脚本・演出】山口喬司

【出演】川崎優作、山川ひろみ、森田猛虎、成島有騎、中野将樹、尾形卓哉、鴎佐和志孝、富田千尋出野泉花、見上瑠那、長澤純平、ジョセフ一樹、山口喬司

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第10作の「てんいちっ」以来、8作品ぶり2回目のK.B.S.Project観劇。中野さんや森田さんなど、「てんいちっ」で名演を見せていた人たちも出演する今作、舞台の質に関しては行く前から安心していられた。
舞台となる「捜査I課」の訳あり刑事3人組の渋味と凄味とバカらしさが混ざり合ったあくの強い個性が収まり知らず。こんな職場は嫌だと思いつつ、少し動くだけでどこか可笑しいところがあって、目が離せなかった。そして、その強烈な個性に、初舞台の川崎優作さん演じる新米刑事・観島が、役柄としても役者としても汗だくになりながら、気持ちよく正面からぶつかっていくものだから、そこに不思議な火花が散って煌めきが生まれる。若手俳優だけの舞台では見られない光景だ。
それをクールに無表情に見つめる化学班刑事の山川さんがその光景をより引き立てる。低い冷静な声で笑顔は決して見せず、素の彼女とは違うであろう雰囲気の役を見ることができてよかった。カーテンコール後の挨拶は、細い声で少しおたおたと、いつもの感じで安心した。女神座ATHENAの「アレスレベリオン・タウ」にも出ていた見上さんは、中学3年生ながら、ランドセルを背負わせれば小学生以上に小学生に見えるし、喋ればなおさら。今後の舞台での成長が楽しみなような、変わってほしくないような。
刑事もので、最初の殺人事件の解決はプロローグ的なものかと思いきや、伏線は敷かれていた。場面場面で見せ場や笑いどころがあり、後半は迫力のあるアクションもあり、謎解き要素も。そこに200年以上の時代を翔けるスケールの大きさも加わりつつ、破綻はない。尾形さん演じる殺人鬼は、着物をまとっただけで一瞬で源内になる。源内は、もし、おなじみのあの肖像画が残っていなければ、こんな感じの破天荒なキャラクターとして描かれることが多かったのではないだろうか。終幕ではさらに20年の時が流れ、事件の真の黒幕は明かされず、想像する楽しみも、続編の可能性も残る。観島が事件解決後、なぜ不老不死の薬を欲しなかったのかといった辺りにも興味が残る。
K.B.S.は「喬司の舞台は素敵だな」の頭文字。そのとおりの作品だった。千秋楽でも余裕のある客入りではあったが、舞台の質と比例するものではない。予定外のカーテンコールも必然だった。全通特典の代償なのかそれでも寝る人は寝てるわけだけれども。来年5月頃の次回作は、新劇場で行われるとの予告があった。高田馬場の雰囲気の良さを残しつつのバージョンアップに期待したい。

Singularity Crash~〈わたし〉に続く果てしない物語~(Favorite Banana Indians)@ワーサルシアター

演劇 演劇-2016年
【作・演出】息吹肇

【出演】松原夏海、椎名恭子、水沢レイン、綾部りさ、山田貴之、川島千明、長紀榮、長谷川彩子、ありすちゃん、前田優、加藤美帆、坂元瑛美、小原慎之介、相神一美、近藤眞弘、森崎真帆、埴生雅人、田島隆行、小谷陽子、大越陽

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会場のワーサルシアターには、岩佐さん主演の「らめらめ」以来、6年半ぶりの訪問。つい最近のように思い出されるが、当時の出演者の近況が気になって少し調べてみれば、やはり長い時間が経過していることが知れる。いじめっ子3人衆のうち、ミニスカポリスだったえーちゃん役の吉川さんは栗東でジョッキーの妻となり母。おーちゃん役のわかにゃんこと名取さんはこの舞台をきっかけにAKBに加入、卒業した現在は一般人として競馬のネット番組に出演したりIWAに出勤したり。かーちゃん役の倉咲さんは乃木坂のオーディションに参加後、ミニスカポリスに就任して活動中。因果は巡るではないが、興味深い。また、あーちゃん役だった八木橋さんは、田中さん役のダブルキャストで本日までノッキンヘブンに出演中だ。
主演の「お芝居大好き26歳」、なっつみぃこと松原夏海さんを見るのは、演劇では「幸福レコード」以来5年ぶり、それ以外でも「ギンガムチェック」の握手会以来4年ぶりで、AKB卒業後は初めて。卒業後は、尾木プロを離れて舞台に強い現所属事務所に移り、精力的に舞台出演を重ねている。彼女に初めて会ってから10年余り。今作では制服姿の場面が多く、K1で「青空のそばにいて」を歌っていた15歳の頃とシンクロするような感覚になったが、劇場公演で培った歌とダンスもしっかりと生かしつつ、やはり演者としては大きく成長。余り大きな声で話すのを聞いたことはなかったが、お腹からの太い声で安定したセリフ回しを披露していた。また、これをきっかけとして、彼女の芸能活動をもっと気にかけていこうと思った。
息吹肇さん主宰のFavorite Banana Indiansとしては、4年半ぶりの本公演という今作。息吹さん自身も病で苦しんだり、愛する人との別れを経験したりと、相当な苦労を経て、執念の末にたどり着いた上演ということが分かる。余命いくばくもない命と知りつつ地球の未来のために身の危険を顧みずに身骨を砕く「真田謙信」は、彼自身の分身のようなものでもあるだろう。
ストーリーは、理系の頭が全くない自分としてはやや苦手なSFもの。背景や用語を理解しようとするのに労力が費やされて、登場人物への感情移入が弱くなってしまった挙句、ストーリーにも謎が残って、モヤモヤした感じで劇場を後にするのが常だ。今作にもややそういったところがあったのと、理解できない箇所がいくつか残り、モヤモヤ感を抱いたまま駅に向かうことになった。
まず、椎名恭子さん演じる月渚(ルナ)の行動。未来が見えることに苦しむ彼女が、記録に残すことを拒絶しながら、いつかやって来る歓迎せざる未来を演劇として描こうとした理由が分からなかった。将来、世界を救う鍵となる記憶を残す必要があったため・・・という推理も成り立たないわけではないが、しっくりは来ない。
また、猛の父親が行っているアンドロイド研究への「献脳」。高校2年での失恋をきっかけとして自暴自棄的に決断したというのなら余りにも早計だし、彼女の「献脳」があってもなくても、いずれアンドロイドが支配する将来は変わらないことを知っていたと仮定しても、理解し難い行動なのだ。
そして、松原さん演じるヨーコを取り巻く仲間のセミアンドロイドたちが、月渚の記憶がヨーコに移植されていることを案外簡単に受け入れた(ように見えた)こと。受け入れたにしても、月渚がヨーコの身体もろとも自決するという行動に対しては、もっと葛藤がなければならない。身近に過ごしてきたヨーコの肉体と、過去の存在である月渚の記憶。事に直面すれば、正しい選択が頭で分かっていたとしても、感情は整理できるものではないはずだし、前者を優先すべきと考えるのがむしろ自然な選択ではないのだろうか。仲間の4人ともがそこまで懊悩する場面がなく、ましてやメイなどは事後に至ってから、ハイパーインテリジェンスの消滅は世界を良い方向に導くために正しい選択だったのか自問するほどなのだ。ヨーコの身体をすぐに元に戻せると分かっていた場合を想定しても、もっと悩まなければならないはずだし、ましてや、ヨーコの復活の可能性は、飛び散った記憶の欠片がいつか集まって・・・という輪廻転生のレベルなのだから、行動としては理解し難かった。
それは、月渚にしても同様で、ヨーコの身体を巻き添えにすることにどれほどの抵抗感を感じていたのか、劇中の描写からは十分に分からなかったし、そこを二人の意識が重なった上の必然の行為とするのであれば、より丁寧な魂の交感の描写が必要だったのではないだろうか。
終幕時、アンドロイドのサイバー特別警察の3人の方により感情移入できたのは、葛藤がきちんと描かれたからに他ならない。それがアンドロイドの方だったというのは、狙っていない皮肉・・・と言ってしまっては意地が悪いだろうか。